シクロオレフィンポリマー(COP)で作る
マイクロ流路チップ: 導入事例

CASE : 01
株式会社Jiksak Bioengineering 様

COP素材のマイクロ流路チップを活用し、神経細胞を培養。

難病ALSの解決に取り組む

株式会社Jiksak Bioengineeringは、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の創薬に取り組む注目のバイオベンチャー企業です。ALSは難病中の難病と言われ、世界的に有名な物理学者であるスティーヴン・ホーキング博士が発症していたことでも知られていますが、その創薬のための細胞培養に、日本ゼオンのマイクロ流路チップが使われています。創業期から「成形試作サービス」をご利用いただいている、同社の代表取締役CEOの川田治良様にお話を伺いました。

川田 治良

株式会社Jiksak Bioengineering 代表取締役CEO、工学博士。
東京大学 生産技術研究所、藤井(輝)研究室、池内研究室 特任研究員を経て、2017年2月に株式会社Jiksak Bioengineeringを創業。

マイクロ流路チップを用いて、体内と同様の環境で神経組織を培養

まず御社がどのようなことをされているかお教えください。

Jiksak Bioengineeringは、いわゆるALS(筋萎縮性側索硬化症)を治したいと思って設立しました。 人間の体内にある神経組織を大量に作ることができれば、ALSの創薬が効率的に進むだろうと考え、人間の体内のような組織を作ろうと大学生の時から研究していて、その技術ができました。マイクロチップの中で神経組織を三次元的に形成するという技術なのですが、弊社では、その技術を使ってALSの創薬を行っています。「組織を作って販売する」と「自分たちでそれを使ってALSの創薬をする」という二つの軸が事業の基本になっています。

自分たちで解決に取り組む一方、解決しようという人たちに活かしてもらうための素材を作るということですね。人間の組織をマイクロチップで作るというのは、具体的にどのようなものなのでしょうか?

人間の神経、例えばALSは運動神経が侵される難病ですが、運動神経は脊髄から伸びている神経組織です。手だと数十cm、足だと1mくらいの長さで、その長い神経は束状になっています。この神経組織をマイクロ流路内で作るのです。

なぜマイクロ流路を使うと良いかというと、体内と同様の環境を実現できます。体内では、長いチューブ状の細胞の中で、神経の「軸索」が伸びて束になっているんですね。マイクロ流路を使うと、それと同じようなシチュエーションを作れるということです。従来、細胞培養は培養皿(ディッシュ)使っていましたが、体内と同じシチュエーションで培養できているのかというと疑問です。マイクロ流路のような小さな空間で細胞を培養すると体内と整合性があるということで、この分野は「Organ on a chip(臓器チップ)」と呼ばれて盛り上がっていて、ここ数年、米国で投資が進んでいます。動物試験をなくしたいという世情もあり、ヒト由来の細胞で試験をしようという流れがあるのです。

僕は東大の修士課程からマイクロ流路デバイスの研究を始め、ずっとマイクロデバイスを扱っていますが、その頃から、Organ on a chipの分野は多くの研究者が研究していました。今はiPS細胞が出てきて、iPSから作った細胞をチップの中に入れようという企業も米国に現れてきていますね。

コスト負担の大きい金型製作。数個単位で硬い素材のデバイスを作れるパートナーを探していた

どのような経緯で、日本ゼオンの「成形試作サービス」でマイクロ流路チップを作ることになったのでしょうか?

会社を設立した時に、どこでマイクロ流路チップを作ってもらえばいいのかと頭を抱えました。いろんな企業に相談したのですが、こうしたデバイスを成形して作るとなると、大体の場合、一般的な「PDMS」と呼ばれるシリコーンゴムを材料にしたデバイスになります。でも弊社としては、ゴムより「硬い」素材がほしかった。また、どの相談先でも金型を作る話になりますが、最初、トライアルの試験で必要になるデバイスは1個か2個。金型を作るとなると100個、200個と作らなければならなくなり、とてもコストがかかってしまいます。

マイクロ流路チップ
実際に日本ゼオンのサービスを利用して作成したマイクロ流路チップ

そのため、創業時から数個単位で硬い素材のデバイスを作ってくれるところがないか探していたところ、日本ゼオンさんの発表(「日本ゼオン、マイクロ流路チップなど試作受託サービス事業を開始」)をみつけて、さっそく連絡しました。本当に数個から作ってくれるということで、お願いすることになりました。それ以来ですから、もうプロジェクトの最初の段階から、弊社のデバイスは全部日本ゼオンさんに試作していただいています。トライアルの段階で数個を試作し、弊社で試験し、改善して試作を重ねる。製品として良いものができたら、日本ゼオンさんに、今度は大量生産をお願いすることになっています。

大量生産後はどういう流れになるのでしょう?

製品として販売するためには、大量生産したものに細胞を入れ、たくさんサンプルを作り試験する必要があります。それを経て、販売できる形になります。主な販売先は製薬企業のR&D部門などになりますが、毒性試験などへの応用が期待されている分野ですし、毒性試験になれば、化粧品や食品などの領域も対象になる可能性もあると言えます。

COPの特性が希望にマッチ。デザイン等サポートまで「かゆいところに手が届く」サービス

日本ゼオンのCOPはご希望や要件に適いましたか?

まず、状況として、これまでPDMSのような柔らかい素材しか選択肢がない中で、COPという硬い樹脂でデバイスを作れたことに満足しています。PDMSの試作はいろんな企業でやってくれますが、大量生産するとなると昔から硬い樹脂であるポリスチレンが使われていて結局硬いものにすることになるので、『試作も硬い素材でやりたかった。でも、ゴムしかない』というところで困っていて、当時どうしようかと悩みましたから。 PDMSのようなシリコーンゴムは一般的ですが、そのデバイスに流し込んだ液中に含まれる物質が吸着したり吸収されてしまう問題があるんです。例えば薬の試験で、溶液のある濃度における細胞の変化をみようとしているのに、デバイスに物質が吸い込まれてしまったら正確なデータがとれません。COPだとそういったことはない。これは大きなメリットです。細胞培養だけでなく、化学的な反応をみたい研究者にとっても、濃度が変わるのは非常にまずい。だからCOPで作れるのは重要なんです。 また、COPの耐熱性も有用でした。ポリスチレンは硬いですが、熱に弱いのが問題です。細胞を培養する際にはいわゆる「滅菌」が必要で、一般的なラボでは、「オートクレーブ」で、121℃・湿度100%の環境で、高圧下で20分間かけて滅菌します。121℃ではポリスチレンは曲がってしまってオートクレーブできないので、通常のラボスペースで滅菌するのが難しい(※バイオラボでは専用の機械で滅菌する)。COPだと自分たちのラボで滅菌できるので非常にリーズナブルなんです。 さらに、マイクロ流路チップ内の細胞をみるために、デバイスはもちろん透明でなければいけませんが、COPならクリアに観察できますし、不純物が少なくデバイスから何か物質が溶出して濃度に影響したりもしません。

サービス面では、1枚から試作できるサービスであるところが重要だったのですよね?

はい。金型を作るとなれば相当なお金が必要で弊社のようなベンチャーには無理ですし、そもそもテストもしていないデザインを大量生産などできません。他の研究者も同じ課題を抱えていましたから、日本ゼオンさんの試作サービスを知って、みんな驚いたんです。研究者のかゆいところに完全に手が届いてしまっているサービスだと思います。研究者にしても研究費用はそう大きくはないですし、安価に1個試作して、うまくいったら増やすという流れにできるのはありがたいですよね。こういうサービスは日本ゼオンさん以外ではなかったんです。バイオ分野の研究者には、「デバイスがほしいが作り方が分からない」「デバイスをデザインするにしても研究者はCADのデータに起こせない」という問題を抱えている人もいます。マイクロ流路に慣れていれば図面のラフに十分な情報を盛り込めるでしょうけど、やったことのない人が「こういうことをやってみたいからこういうデバイスを作ってみたい」と考えても、デザインするのは難しいでしょう。日本ゼオンさんは、粗いラフで相談してもすぐにしっかりした製図を書いてくれて助かります。いからこういうデバイスを作ってみたい」と考えても、デザインするのは難しいでしょう。日本ゼオンさんは、粗いラフで相談しても、すぐにしっかりした製図を書いてくれて助かります。

他に役立った点はありましたか?

技術面になりますが、材料を接合、切削する技術も優れたところです。例えば、マイクロ流路チップを作って、違う板に別の構造のチップをつけるのはふつうは難しいんですが、日本ゼオンさんはCOP同士を接合する技術を持っている。しかも、接合や切削はそれだけしかしてくれない企業もありますが、日本ゼオンさんはワンストップで全部やってくれます。 また、基本的なことですが、納期が早いのもありがたいです。いかに迅速にデータをとれるかというのは、ベンチャーにとって死活問題になることもあるくらい重要ですから。

研究開発プロジェクトの初期段階の試作にオススメ

この記事をお読みいただいている読者に向けて、日本ゼオンの試作サービスを勧めたい業界などあれば教えてください。

マイクロ流路デバイスを扱えない研究者でも、気軽に利用して、自身の研究のためのツールを作ってもらうといいと思います。企業でもマイクロ流路デバイスを扱いたいというところは増えていますから、研究開発プロジェクトの最初の段階で試作をお願いしやすいですよね。解析をやっている企業などになるでしょうか、分析の道具ですので、「この業界」というものではないですが。

御社の今後の展望をお聞かせください。

僕たちとしては、神経組織製品に関しては、創薬に限らず、いわゆる毒性試験など、食品や化粧品の企業さんにも使ってもらいたいと考えていますし、会社のひとつの軸であるALSの創薬を、このデバイスなどを使って、どんどん創薬研究を進めていきたい。「とにかくALSを治したい!」と思っています。

原因不明の難病中の難病。だからこそ解決しなくてはいけない。チャレンジですね。

もしかしたら、今後50年で大きなブレイクスルーがあるかもしれません。

そのブレイクスルーの時に、御社の取り組み、事業が土台となっていくんでしょうね。

僕たちは、作った神経組織製品を使って自分たちでも薬をみつけますが、それを売るから使ってみてくださいと、それを使って誰かがALSの薬をみつけてくれたらいいなあと考えています。それがどんどん世の中に出れば出るほどALS研究も進むと思っているので、たくさん売れて使っていただけたらいいなと思ってます。

【インタビューを終えて】

ALSの創薬に、いちプレイヤーとして取り組み、またプラットフォームでもあろうとしているJiksak Bioengineering。社名のJiksakは、本文にも登場した「軸索」に由来しているということで、神経を作ることにかける想いが伝わってきます。現在不治と考えられている病気を治すことに取り組まれている、大志ある事業を展開されていると感じました。そこにお力添えしている光栄を胸に、わたしたち日本ゼオンも精進して参ります。

Jiksak Bioengineeringにご利用いただいており、川田様にもお勧めいただいた「成形試作サービス」、インタビューを読んで関心をお持ちの方は、ぜひお問い合わせください。

【企業データ】

  • 社名:株式会社Jiksak Bioengineering
  • Webサイト:https://www.jiksak.co.jp/
  • 所在地:神奈川県川崎市幸区新川崎7−7 AIRBIC A24
  • 設立:2017年2月
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